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被害者遺族と向き合う「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」運営委員会

4月22日「「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」本年度第一回運営委員会(日本医療安全調査機構)が開催された。
このモデル事業は医療安全への取り組み、中立的機構設立を前提として19の医学学会が参加して6年半の間、状況の変化などを経ながら活動が続けられてきたもの。

今回、上位理事会がモデル事業後退の意向を示したが運営委員会から反対意見が噴出。
今後も継続的、主体的に活動するためには厚労省の補助金などに頼らず、手弁当でもこの活動の火を消してはならない、という意見が続出。活発な討議が行われた。
更に被害者遺族ゲストの永井裕之氏(都立広尾病院事件)が「第三次試案は国民的議論を重ねてきたものであり、被害者側は政治的活動も行ってきた。医療側は果たしてそうした活動をやっているのか?真剣に考えて欲しい。」という主旨を述べたのに対し、運営委員会は「今後は被害者遺族にも参加して貰い、運営委員会も頻繁に開催したい。」と応じた。

医療安全に取り組む医療団体機構が、被害者遺族を交えて議論を重ねて行こうと言う姿勢を歓迎したい。
医療団体がこうした姿勢を持つからには、東京医大も再生プロジェクトチーム委員会で被害者遺族と正面から向き合い、その成果を「東京医大サクセスストーリー」として医療界に示すくらいの先駆者的役割を担ってほしい。

模糊な表現「医療水準」を考える

「医療水準と想定外」に関する投稿です。
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医療過誤裁判で多くの被害者遺族が出くわす「医療水準」という言葉。
概念的には「医師が負うべき注意義務の基準とされるもの」らしいが「それでは具体的にどのような基準(水準)があるの?」となるとどうもはっきりしない。

医薬品や医療機器の添付文書に謳われているようなものなら理解できるが、手術の是非や術後管理などを文書化した「医療水準」(マニュアル)なるものが有るかとなるといささか怪しい。
各学会にそのようなものがあって常にメンテされているのかどうか知らないが、仮りに有ったとしても「マニュアル通りにやっていたら治療も手術も時間ばかり掛かってとてもやってられない。ただでさえ人手が不足しているのに。」と言われそうだ。各病院で適当に決めているとするなら、その「水準?」は医療界統一のものでもなさそうだ。
しかし「医療水準」という言葉は時に都合よく?一人歩きする

折しも東日本大震災で「想定外」という言葉が盛んにつかわれている。
失敗学会の畑村洋太郎理事長
(元東大工学部教授)が産経新聞論説委員木村良一氏のインタビュー(4・21〜22記事)に次の様に答えている。
[東電が言う「想定外」は自分たちには落ち度が無いという言い訳でしかない。最低基準を満たしているからいいんだというのは言い訳だ。だから納得し難い。自分自身がこういうことが起こりうると想定したらもっと違う事を考えた筈だ。原発を6基も同じ場所に並べなかったと思う。」
更に津波による損傷を考えなかった点について「見たくもないものは見えない。聞きたくないことは聞こえない。自分たちが困ることは考えたくないための理由を沢山並べて結局考えない。

私も嘗て畑村教授の著書や文献を読んだことがあるが、このインタビュー記事の畑村教授のコメントは「医療水準」を盾にする医療従事者の言い訳にも当てはまる気がする。
奇しくも畑村氏が現在教鞭をとる工学院大は東薬大、東京医大と医薬工連携で協定している。どうやら東京医大には畑村氏から学ぶべきものがあるようだ。

想定外という言葉にまやかしがある。それを今回の防潮堤破損や原発事故で全国民が知ってしまった。そして「想定外という言葉に騙されてはいけない」という意識が全国民に植え付けられた。
医療過誤で「医療水準を守ったのだから事故は想定外」という医療側の言い訳ももう通じない時代に入った、と言って良さそうだ。
(男性会員)


JR脱線の講演DVD、視聴研修で過呼吸や失神(読売新聞より・被害者遺族の痛みを思い知る)

読売新聞(4/18)によれば、JR福知山線脱線事故を教訓にした安全教育の一環として、JR西日本が3月から全社員を対象に始めた負傷者の講演のDVDを視聴する研修で、視聴中に気分が悪くなったり失神したりする社員が約50人出ていたことがわかった、と報じている。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110418-OYT1T00630.htm?from=main5
事故が如何に悲惨な結果を招き、それを目の当たりにした人々がどれ程の衝撃を受けるかを記事は物語っている。
医療事故も同じだ。医療過誤でまるで廃人のようにされて退院を余儀なくされる被害者家族の痛み、無言の帰宅をする被害者と遺族感情・・・。被害者遺族は多大な犠牲を強いられている。
医療従事者も事故防止に真剣に取り組むのなら正面を向いて被害者・遺族の話を聞く機会を持つべきだ。
医療従事者は職業柄、日常的に「死」に接し、無機質的感覚に陥っていないか?
JR西の安全教育から何を学ぶべきか、考えてみる必要があろう。

「下意上達」で安全意識徹底(朝日新聞記事より)

JR西日本の佐々木隆之社長が朝日新聞のインタビューに応じた。
安全意識の徹底に向け、現場の声を経営に反映させる「下意上達」の組織編成に取り組む姿勢を見せた。
更に安全対策を提言し、実施状況を検証する第三者機関を今年度中に設けて宝塚線事故の遺族、負傷者にも参加を求めると言及。遺族との示談交渉も「着実に進んでいる」と話した。
http://www.asahi.com/national/update/0417/OSK201104170102.html
業態の違いはあるが 東京医大が再生委員会報告を基に今後、患者や被害者遺族とどう向き合っていくか見守っていく。

個人情報紛失事件に思う

今日(4/15)産経新聞他が朝刊で「東京医大の外科医、個人情報700件紛失」と報じた。患者の個人情報が漏えいし被害が出ないことを先ずは望みたい。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110414/tky11041423210015-n1.htm
http://media.yucasee.jp/posts/index/7291


ところで件の外科医は深夜2時まで路上で寝入っていたようだ。被害者遺族の立場で言わせてもらえば「まさかその日も手術を担当していたわけではないだろうなぁ〜、患者が急変したら泥酔してても病院に戻って治療するのか!?それとも携帯で当直医に指示でもするのか!?」と心配になってくる。

報道によれば、病院はガイドラインで個人情報の院外持ち出しを禁じていたとのこと。しかし往々にして「ガイドライン」なるものは言葉が曖昧で、受け手の中には「守るのが好ましい」位にしか思わない人もいる。俺に限ってそんな事までまじめに守る必要などないと驕る人もいるかもしれない。一方、ガイドラインを決めた方は「絶対に守るべし」と思って提示する?
院内の医療に関するガイドラインにもそのようなミスマッチは無いだろうか。何もかもガイドラインに押し込めてしまうと中味がボヤけてしまい、どこまでが「MUST」で、どこからが「WANT」なのか分からなくなってしまうことがある。医療業界には「禁忌」というお馴染みの言葉もある。ダメなものはダメとはっきりした方が良さそうだ。

記事を読む限り今回の報道は東京医大がプレスリリースしたようだ。約700人の患者情報が漏れたのだからリリースは当然だが、隠蔽せずに直ぐ発表した点はこれまでの東京医大の姿勢にも変化が出てきたということか?、或いは本人が警察に先に届けてしまったので隠し通せないと考えての判断か?・・・今後の情報公開の姿勢にも注目していきたい。
(男性会員)

「再生委員会」「再生プロジェジェクトチーム委員会」の報告書を読み解く(1)

3月末に予定通り二つの報告書が出た。
部外者の私が全てを読み解くには少々時間が掛かるが、既に会員の皆さんからは意見や感想が会に寄せられているようだ。
今後「再生プロジェクトチーム委員会」(以下再生PT委員会)の場で纏めて意見を述べる機会もあるようなので、ここでは個人的感想を述べてみたい。
(紙面の関係もあるので個々にテーマを分割し、追って掲載)

(1)再生委員会報告書から

理事会機能の強化

今更という感じがしないでもないが、理事会が全体の運営責任を持つことを明確にした点は良いと思う。今後は外部理事の参画や理事会の業務監査が機能するかが課題。

リスク管理制度と機能の強化

我々が関心を持つ「リスク管理責任者」を理事会直下に置いた点は良い。
しかし「患者中心の医療」に関して具体的指針が描かれていないので、受け皿の再生PT委員会に上手く降りていないようだ。セミナーや講習会など一方向の話で改善できるほど甘くは無いと思う。

(2)再生PT委員会の報告書から

患者中心の医療について

これを「患者と共に行う医療」と言い変えても実態が見えないのが残念。
大学病院は高度医療機関だからとか、インフォームドコンセントで患者の理解を得るとか、患者のクレーム(この表現自体好ましくないと思うが)にどう対処するかと言った、どちらかと言えば患者に対して後ろ向きなところ(言い訳)に論点が置かれ、ヒャリハットや超勤疲労などの視点が抜けている。
患者は何よりも的確で安全な治療と回復を期待する。
医療事故は高度医療に限らずウッカリミスでも起きることを忘れないでほしい。
どういう考えで分けたか知らないが分科会を「患者中心の医療」と「リスク管理」に分けたが為に「患者中心の医療」が何を目指すのかボケてしまった感がある。
バブル期、ホテルのスイートルーム並みの個室を提供する産科医院が話題になった事があったが、多くの患者は大学病院にそのような待遇を求めている訳ではない。医療安全(リスク管理)にもっと重点を置いて欲しい。患者にとって良い環境とは医療安全がシッカリしてくれば自ずと整ってくる筈だ。
患者にとって何が最も重要かという視点が抜けてしまうのは拙い。幾ら患者に見かけや愛想を良くしても「あの病院は医療ミスが多い」「病院全体で事故隠しをやる。医者に圧力を掛け真実を言わせない。」と噂されたら元も子もない。

(3)全体を通して

再生PT委員会報告書「改革案に対する検証体制の構築」の中で「実際に機能しなければ意味が無い」と述べている。誠にその通りなのだが、それを当事者(PT委員会)自ら「今後も継続的に検証されることを希望、期待する。責任を痛感する。」と言ったところでそれでは一体誰が実行するのか?
「最大の努力を誓う」(30頁記末)とは、誰に誓う(コミットする)のか?
具体的目標の設定、期日を明記しなければ誰もこの先、動かない。
再生委員会の中間報告では「スピード感を持って・・」と言っていた筈なのだが・・。
(男性会員)


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