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「妻の死を無駄にしないためにも」(シリーズ・1)

当サイトに「もとくんのお父さん」という方から貴重なご投稿を頂きました。
東京医大と直接関わりはありませんが、同じような医療過誤被害者遺族のお立場で体験されたご経験、お気持ち、ご意見をシリーズで順次掲載して参ります。
尚「もとくんのお父さん」はホームページ(下記URLをクリック)を立ち上げておられますので是非そちらもご覧ください。
http://www.geocities.jp/mhr3129/


2003年1月29日、妻は、ある産婦人科院の出産時の医療事故により意識不明となり、近くの大学病院に搬送された。
それから1ヶ月後、妻は我が子を見ることさえ出来ず、無念の思いでこの世を去った。

妻の死後、それまで満面の笑顔で接していた産婦人科の医師や院長は、「亡くなった所は大学病院だから、我々は一切関係ない」と、掌を返したように完全無視し始めた。

私は納得できず、警察や保険所、市役所や医療相談所等に足を運び、また当時の社会保険庁にも直接電話で相談したが、いずれも「民事で勝手にやってください」と邪魔者扱いされた。 
仕方なく、弁護士会等に連絡をとり、相談に行ってみたが、相談した弁護士達はみな「この事案はかなり難しいですね」と医療過誤裁判にとても消極的だった。


医療事故は交通事故と違い、警察はおろか、誰もその原因を調査してくれない。 被害者もしくはその遺族が自ら疑い、自ら行動を起こさなければ、全ては闇に葬られてしまう現実と、たとえ訴訟を起こしても、勝訴する保証などは全くなく、それどころか、裁判にかかる高額な費用と長い時間と精神的な苦痛を伴うという非情な現実に、私は苦悩し続けた。

世界でも有数の先進国と言われているこの日本において、未だに医療安全に関する機関や組織の整備は全くされていない。
それどころか、医療事故の隠蔽体質が蔓延しており、被害者の人権は軽視され、今も何処かの病院で同じ過ちが繰り返されている。果たしてこのような現実を看過していて良いのだろうか?

妻は、死をもってこの問題を私に教えてくれた。だから私はこの問題を一人でも多くの人たちに知ってもらい、一緒に考えて欲しいと願っている。
これ以上、悲惨な医療事故の被害者を出さないためにも。

もとくんの父
http://www.geocities.jp/mhr3129/

原発事故調委員長に「失敗学」の畑村洋太郎氏を起用

政府は今日、福島原発事故調査委員長に「失敗学」提唱の畑村洋太郎・東大元教授を起用すると発表した。
畑村氏については既にこのブログ(下記URLをクリック)でも取り上げたが、世界中の関心を集める原発事故の調査委員長としてどのような手法でどのように究明していくか注目したい。原子力専門家でないところも興味深い。
年内に中間報告、来夏に最終報告が出される。それまで政権が続くかは別として報告書の調査手法が他分野(医療事故調然り)でも活用できるものを期待したい。(男性会員)
http://iryoujikonet.dtiblog.com/blog-entry-31.html

「医療事故調査機関設立キャンペーン」参加活動

「医療版事故調査推進フォーラム」が中心になって「医療版事故調の早期実現キャンペーン」を行っています。
当ネット会員有志を含む各医療事故関係団体も参加して首都圏中心に毎月一回、街頭に出てPR署名活動を行っています。
今月は21日(土)山手線大塚駅前で行われました。(写真参照)
活動の詳細は下記URLをアクセス、或いは「医療版事故調査推進フォーラム」で検索してご覧ください。
http://www.ijc-forum.com/

5月21日 大塚駅前のPR・署名活動
5月21日 大塚駅前にて(1) (3) (2)

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ある救急患者さんからの投稿です

東京医大で急患として運ばれた患者さんから投稿をいただきました。
もし家族がすぐに対応していなかったら・・頼れる家族のいない人だったら・・と思うと、ぞっとします。
100%万全の救急体制を整えてほしいと申しているわけではなく、ひとりの人間として、苦しみを訴えている患者として、ごく常識的な医療を行ってほしいと、特定機能病院である東京医大へはお願いしたいと思います。

当該看護師さんや病院側の言い分もあると思いますので、一方的ではありますが、今後も継続的に発信していきます。患者さんを守るのが医療者でなく私たち市民の声でないように、病院の対応・体制作りを強く要望します。 世話人 川田


医師が不在で診察しなかったのは問題ではないか

私の体験は、幸い大事には至りませんでしたが、東京医科大学病院の医療体制に疑念を抱くことになりましたので、ご紹介いたします。

新宿区内の飲食店で、登山会の仲間たちと夏山へ行く打合せをしました。
そのときビール2杯と、お湯割りの焼酎を3杯飲みましたが、意識が酩酊するような状態ではありませんでした。
異変が起こったのは、2軒目の居酒屋でした。
ウーロン茶割りの焼酎を注文しましたが、気分がすぐれず焼酎は飲みませんでした。
そのうち激しい嘔吐がはじまり、何度も繰り返しました。
症状が異常であったため、居酒屋のご主人がタクシーで東京医科大学病院へ運んでくれました。
そのご主人は、病院の受付の人へ「酒を飲みすぎたようだ」と告げたようです。

大学病院では看護師さんから「内科の医師が不在で・・・」と説明され、診察は受けませんでした。
看護師さんからそのまま急患のベッドへ案内され、急性アルコール中毒の点滴を受けました。
衰弱していたため、明確な意思表示ができませんでしたが、意識ははっきりしており、「これは急性アルコール中毒ではない」と自分では感じていました。
その証拠に、カバンや携帯電話、傘を携行し、保険証の提示、医療費の支払いにも応じました。

見回りに来た看護師さんに「お酒は少ししか飲んでいません」「お腹が痛いです」「食中毒ではないでしょうか?」と何度も症状をお伝えしましたが、まったく相手にされませんでした。
それどころか、話しかけるたびに「よくなったら早く帰ってください」と冷たく返事をされました。
ただ、一人の看護師さんから「体調が悪いときは、少量でも急性アルコール中毒を起こすことがあります」と説明され、しぶしぶ納得し、明け方までに点滴を2リットル受けました。
「2リットル以上は点滴できない」と、看護師さんが言っていました。

朝8時を過ぎても、体調は回復しませんでした。
急患のベッドを撤去するため、内科の病室へ移動させられました。
ここでも、看護師さんへ「酔っていません、お腹が痛いんです」と症状を伝えましたが、聞き入れてもらえませんでした。
立ち上がることができないほどの腹痛が続き、内科の端にあるベッドで横になっていると、若い医師(研修生?)がきて、「他の患者に迷惑だ」「甘えるな」「早く帰れ」などの罵声を浴びせられました。
さらには「酔っ払いを寝かせておく場所はない」とベッドを追い出され、家族が当病院に迎えに来るまで、待合室の椅子へ放置されました。

家族に付き添われて帰宅し、別の病院で診察を受けると、食中毒であることがわかりました。
後日、病院側へ苦情をお伝えしましたが、「診察時にきちんと症状を言わなかったからではないですか?」「深夜に診察してもらったのなら、感謝するのがふつうではありませんか?」などと反論されました。

強調しますが、医師による診察は受けていません。
看護師さんへ「お腹が痛い」と症状を伝えても、当然、内服薬は処方されませんでした。

カルテは誰が作成したのか?
なぜ、看護師さんは早く帰るように言い続け、若い医師(研修生?)は強制的に病院から追い出したのか?
当病院の医療体制に問題があるようにしか思えてなりません。
同じような被害者を出さないよう、改善してほしいと願っています。

遺族が参加する事故調査

4月15日に福知山線脱線事故調査の憲章報告書が公表されました。
福知山線脱線事故調査報告書の検証等について(国交省HPより)

これをうけて4月26日NHKクローズアップ現代で「被害者が問う事故調査」をテーマに作家の柳田邦男さんがコメントしています。柳田さんは福知山線列車脱線事故調査報告書に関わる検証メンバー12名のひとりです。この12名の中に福知山線事故遺族及び負傷者や家族が7名入っています。
残念ながら見逃してしまったのですが、NHKのサイトから発言を見ることができました。
鉄道と医療という違いはあっても、「突然の死・不慮の死」を経験した遺族として、深く共感しました。私たち遺族がなぜ繰り返し事故防止を呼び掛けるのか、しつこいほどに声を上げて病院側との折衝を行うのか、柳田氏は論理的に日本の事故調査の課題とあるべき姿の提言をされています。 コメントのいくつかを記しておきます。  (文責:世話人 川田綾子)

被害者が検証チームに入った意義
被害者に対する専門家や行政の見方というのは、今までとにかく被害者というのは感情に走るだけだとか、あるいは、専門的知識を持たないからということで、どちらかというと排除する方向だったんですね。距離を持とうと。しかし今回、検証会議で過半数の人が被害者であったわけですが、その情熱の傾け方、これやっぱり、身内を亡くしたり、あるいはみずからけがをした、そういう意味で命がかかってる、その命がかかったところからスタートしてますから、なんとしても納得できる原因とはなんなのかという根源から問い直すわけです。そうすると、法律はこうなっているとか、今までのマニュアルはこうなっているからではなくて、本当のことを調べるので、そのマニュアルが違うなら、それを変えなきゃいけないんじゃないかというような、そういう議論に発展していって、事故そのものの問われ方、根源から問い直したということになったわけです。これは被害者の参加の意義というのは大きいですね。

責任追及と原因究明のありかた
事故調査っていうものは、構造的な全体像を明らかにして、その企業の体質なり、行政の在り方を変えようということで、責任追及とは別なんですね。そこをこう、なぜ分ける必要があるかというと、やっぱり真相解明のためには関係者に率直にありのまましゃべってほしい、ところが、うっかりしゃべると刑事責任に利用される、そうすると、刑事責任のほうの今度は捜査になると黙秘権を使うということになるんで、そこでぶつかり合ってしまう。そこをどう分けるかっていうのが今、課題になってきて、でも、お互いに必要性はある。別に刑事捜査はやめて調査だけやるってことではないんで、それぞれがぶつかり合わないように、目的をうまく達成するようにするということでいくわけですが、ただ、責任追及ですね、個人の責任よりは組織の責任っていう場合に、日本の法制で社会の中でどう取るかっていうと、まだまだ課題がありまして、例えば損害賠償を巨額にするとか、あるいは、組織罰という新しい法律を作るとかですね、いろんな方法があるんですけれども、諸外国の実態などを見ながら、これからもっと幅の広いところでそれを議論する必要があると思いますね。

今後の事故調査のありかた
今までの事故調査っていうのは、原因を明らかにして、そこに同じものが起こんないようにって後追いだったんですね。しかしこれからは、事前にリスク要因を探って、そして二の手、三の手まで考えた対策を提言していくということで、先取りする事故調査、今までは後ろ向きの調査だったのを、先取りに変えるという、こういうことですね。

 

たかが映画、されど・・(1982米映画・医療過誤裁判「評決」)

シドニー・ルメット監督、ポールニューマン主演の「評決」(1982年米)をBS放送で久しぶりに見ました。医療過誤裁判(カルテ改竄)をテーマにした映画です。
同じ監督が手掛けた「12人の怒れる男」(1957年米・ヘンリーフォンダ主演)にしても「評決」にしても随分古い映画ですが今も裁判員制度、医療過誤裁判で同じような課題を抱えている気がします。どちらも1000円前後(アマゾン他)でDVDが売られています。ご関心のある方はぜひご覧ください。

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