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東京医大OBに学ぶ(1)

「東京医大OBに学ぶ」を2回にわたり紹介します。(2回目;8月中旬予定)
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日本学術会議副会長の唐木英明氏(東大名誉教授・70歳)が「父の教え」と題する記事(下記URL参照)の中で次のように話している。(唐木英明氏の父・唐木秀夫氏は東京医専出身)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110629/edc11062907580002-n1.htm


「篤志家の援助で医師になり貧困から抜け出した父親(秀夫氏)が息子(英明氏)に求めたのは勤勉、向上心、そして親切だった。それは父の生き方であり息子の彼の目標でもある。」と述べている。

その父親は息子に東大医学部に進学するよう拘った、という。
その理由は東京医専(現東京医大)出身の秀夫氏の同級生は半数が戦死。ところが同じ年代の東大出身の医師は殆ど死んでいない。軍は司令官候補である東大出の医師を戦地から引き揚げ、代わりに私大出の医師を戦地に送ったためだった、という。
なんとも哀しく不憫な話だが、親が子を思い東大医学部に拘る気持ちは理解できる。

東京医大OBの父親は医師の仕事を誇りに思い、患者に感謝され、やったことが必ず報われる仕事だと言って、その良さを息子にも味あわせ、真面目にきちんとやればいい結果が出る、と教えた。
現職の東京医大関係者はこうした先輩の犠牲や生きがいを想いながら是非安全な医療に専心して欲しい。
東大医学部進学を勧めた父親の気持ちは、医療事故で家族を失った者、障害を負った者も同じであり「東京医大は危険だから絶対にあの病院には行くな!大事な家族を戦場の前線に送リ出すようなものだ。他の病院にしなさい。」と言わせるようでは東京医大の将来は無いかもしれない。現職の皆さんはぜひ同窓先輩に学んでほしい。(男性会員)

「急に掌を返した卑劣な医師たち」(シリーズ・5)

当サイトに寄稿して頂いている「もとくんのお父さん」の「シリーズ・5」です。
(毎週一回・合計30回連載予定です。)
これは東京医大の事件ではありませんが、ひとたび事故を起こすと掌を返す病院や医師の話は後を絶ちません。そうした情報はネットなどで瞬く間に広がり、経営を脅かしかねません。
東京医大病院も外来患者数が減少している(院内資料)ようですが、いかなる事態でも患者と真摯に向き合う姿勢が大事だと思います。
「もとくんのお父さん」はホームページ(下記URLをクリック)を立ち上げておられます。是非そちらもご覧ください。

http://www.geocities.jp/mhr3129/

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急に掌を返した卑劣な医師たち

救急救命に当たってくれた九大病院の医師たちは「こんなに最悪の状態まで放置してからの搬送となっていることが悔しい。もっと早くに搬送していれば救命できていたのに・・・」と目を赤くしながら何度も呟いた。私は知り合いの弁護士を介してその産婦人科に抗議したが、院長は「知らぬ存ぜぬ」の一点張りで、その後は「院長は忙しいから」と言って電話さえも取り継がなくなった。
妊娠が分かり、その産婦人科に通い始めた頃、妻は私に「あの産婦人科はね、福岡でも有数の産婦人科でね、院長も先生もとても優しくて親身に診てくれるんだよ。でね、毎週コンサート等が開催されててね、退院時には、夫婦そろってフランス料理のフルコースが食べられるんだってよ。本当に素敵な産婦人科でしょ!」と、いつも嬉しそうに話していた。運命の日の朝も、妻が自宅で出血し、電話をかけた時も「直ぐにこちらへ来てください。緊急処置を行いますから」と、その対応も早く、私たちは完全にその産婦人科を信じきっていた。しかし、診察ミスと搬送判断の大幅な遅れで患者を重篤な症状に陥らせ、医療ミスが疑われ始めるや否や、その産婦人科の院長たちは、急に掌を返したように「我々には一切関係のないことだ」と徹底的に否定し、「文句があるなら出るところに出ろ」と言うような態度に一変し、最後には、私たちを完全に無視し始めた。その身の変わり様の早さに私は呆れ果てた。

裁判の中で、帝王切開手術の後からずっと意識のない妻を心配する私に「大丈夫ですよ、ただ麻酔が切れてないだけですから」と笑いながら何度も繰り返した医師や看護婦、そして「意識が戻らないのは脳の異常だからだ」と、延々と説明し続けた院長に対し、誤診に対する謝罪も要求したが、彼らは最後まで謝罪することはなかった。彼らには、医師としての責任感や良心というものは全くないのか? 通院時には、あんなに親切で丁寧だった院長や医師、そして看護婦たち。しかし、自分達のミスがバレそうになるや否や、完全否定し無視し続ける彼らに対し、私は怒り心頭に発した。もしかしたら、手術をした医師や看護師は、その後の経過を診て異常だと思わなかった看護婦や院長に対し、また、看護婦たちは、患者の容態を伝えたけれども適切な処置をしなかった院長に対し、そして院長は、手術をした医師や看護師と、患者の状況を診ていた看護婦たちに対してと、各人が各人に勝手に責任の擦り合いをして、「自分には関係ないのだ」と必死に現実から逃げているとしか思えなかった。

人は誰でも失敗する。そして、その失敗を失敗と認めて反省し、二度と同じ過ちを犯さないように努力しなければ、必ずまた同じ過ちを犯してしまう。しかし、地位や名誉やプライドの高い人間は、その傲慢な性格上、自分の失敗を素直に認めず、または人のせいにしたり、隠蔽したり、挙句には開き直ったりすることが多い。何故、素直に謝ることができないのだろうか? 何故、相手の立場になって考えることができないのだろうか? 医療過誤訴訟を起こす最大の理由は、医療ミスに対する怒りというよりも、医療ミスを隠蔽しようとする卑劣さが許せないからということを知らない者が多すぎると私は思う。もし、医療ミスを犯したならば、被害者やその家族に対して真実を公表し、素直に謝罪し、深く反省し、二度と同じ過ちを繰り返さないと心から誓うことができれば、誰も訴訟など起こさないと思う。何故なら訴訟は、原告にとっても被告にとっても、精神的にも肉体的にも、時間的にも空間的にも、経費的にも感情的にも、何ひとつ有益なものはなく、今はただ、被害者やその遺族側からの、真実を明らかにする唯一の手段でしかありえていないからである。
もとくんの父(非会員)

http://www.geocities.jp/mhr3129/

嘘をつかない医療の実践者清水陽一医師

新葛飾病院院長であり、市民団体「医療の良心を守る市民の会」副代表でもある、清水陽一さんが、19日夜に旅立たれました。
大腸がんを患いながらも、医療者として、また「うそをつなかい医療の実践」を掲げ、医療事故被害者や遺族らとともに市民活動をさいごまで貫いてきました。
清水先生は東京医大出身です。医学生時代に院内の医療事故を告発したという稀有な気骨ある医療者でした。
その姿勢は「ゆき.えにしネット」から清水先生の手記で見ることができます。
嘘をつかない医療


また、昨年秋に国際医療福祉大学大学院で講義された資料も「ゆき.えにしネット」から見ることができます。
私は別の会でこの講義を拝聴しましたが、じつに感動的でした。

医療福祉倫理公開講座 嘘をつかない医療

(ゆきさんの了解を得てリンクを貼らせていただきました。深謝。)

私が先生とさいごにお話ししたのは2ヶ月ほど前。
“大学病院のような大きな組織はそう簡単に変われるもんじゃない”と苦笑いしながら言いました。
いずれどこかで再会できたときに、日本の医療界も少し変わりました、と報告したい。
そのためにも医療安全に向けた取り組みを、患者や遺族が医療者と関わりあってつないで築かねばならないと、改めて決意します。

清水陽一さんの志高き人生62年の生涯に心よりご冥福をお祈り申し上げます。
世話人・川田綾子

「偶然見つけた隠蔽工作とその内容」(シリーズ・4)

当サイトに寄稿して頂いている「もとくんのお父さん」の「シリーズ・4」です。
(毎週一回・合計30回連載予定です。)
これは東京医大の事件ではありませんが、医療従事者の金品贈与による隠蔽工作が法廷で暴露された事例です。
ここに示された「九州大学病院の医師らの態度」は社会常識的に極く当たり前の事です。恐らく事故を起こした件の医師らは九大の医師らに対して「私は九大の○○院長とは旧知だ」とか「●○先生とは学会で懇意にしている」「大学が同窓だ」とかあらゆる手を使った事でしょう。東京医大病院ではそれらの手口に抗してやりきれるでしょうか?
東京医大では学位授与決定に当たった主査、副査に対する金品贈与、公的研究費の不正使用、茨城医療センターの不正診療報酬請求、八王子医療センターの生体肝移植手術患者への寄付要求など、金品にまつわる問題が後を絶ちません。九州大学病院の態度を他山の石としてぜひ改革を徹底して欲しいと思います。
「もとくんのお父さん」はホームページ(下記URLをクリック)を立ち上げておられます。是非そちらもご覧ください。

http://www.geocities.jp/mhr3129/

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「偶然見つけた隠蔽工作とその内容」

妻は意識不明状態のまま、その産婦人科から九州大学病院へ搬送された。極度の貧血状態で6時間近くも放置されていた妻は、胃や腸、腎臓等、殆どの内臓が壊死した状態となり、多臓器不全を発症していたが、人口透析器等で何とか命を繋いでいた。私は事故直後に会社を辞め、可能な限り妻の側にいた。殆ど意識のない妻に話しかけ、大好きだったサザンの曲を聞かせたりし、1日でも早く治ることを願っていた。入院から7日が過ぎた午後、偶然にも私は、医療ミスを犯した産婦人科の副院長を九大病院の入り口で目撃した。彼は両手にケーニヒスクローネの文字がある大きな紙袋を持っており、その中には菓子箱の他に怪しげな茶封筒が入っていた。私は彼を追いかけた。しかし、彼は私に気づくと、急いで逃げるように医務室の裏口へと消えていった。「果して、彼は見舞いに来たのか?でも、いつまで待っても我々の所に来ない。もしかしたら、医療ミスの隠蔽を大学病院に依頼しに来たのでは? まさかそんな卑劣な真似はしないだろう。いや、もしかしたら、医療ミスの証拠と一緒に、妻の命も抹消しようとしているんじゃないのか・・・」それから私は周りの全てに疑心暗鬼となり、段々と九大病院の医師や看護婦たちも信じられなくなり、可能な限り妻の側に居て、普通に笑顔で振舞いながらも医師たちの行動を詳細にチェックし、常に治療内容や投薬等の説明を求めていた。そして、誰も信じられなくなってしまった自分にも嫌気がさしてきて、「もし、このまま妻が死んだら、あの院長と副院長を刺し殺し、いや、直ぐには殺さず、妻と同じ苦しみを味あわせながら殺してやる」と口走るようになり、善悪の判断さえ出来なくなってしまいそうになった。当時の私の言動や行動は、周りの人たちにはきっと異常に見えていたことだろう。しかし、産婦人科の副院長の不信な行動が、私のまともな精神を破壊したのは事実だった。

後日、裁判で判明したことだが、九大病院に来たのは副院長だけではなく、院長も幾度となく来ていたという。彼らは菓子箱や金券入りの封筒を毎回持参し、その都度、九大病院の医師たちに受取りを拒否されていたということであった。もし、九大病院の医師らが彼らの隠蔽工作に乗っていたら、きっと妻の医療ミスは闇に葬られていたであろう。しかし、九大病院の医師たちは、そんな卑劣な人間ではなかった。私には、それが唯一の救いだった。同じ医師であっても、これ程までに人間性や信念、思考レベルが最低な産婦人科の院長や副院長に対し、私の怒りは頂点に達した。医療ミスも許せないが、そのミスを隠すためには、なりふり構わず隠蔽工作をしようとした産婦人科の院長と副院長。裁判の中で必ず彼らの化けの皮を剥ぎ取り、土下座させて謝罪させてやると私は心に誓った。

医療関係者はみな出身大学や所属する医療組織との結びつきが強く、総てにおいてその仲間意識や柵に縛られているという。だから同じ病院内や同系列の病院内で起きた医療ミスの発覚は難しく、立証することは更に困難を極めるのであろう。幸いなことに、私の妻の事故の場合は別系列の大学病院への搬送であったため、裁判で真実を立証することができた。しかし、もし妻が搬送された病院がその卑劣な産婦人科や院長らと同系列であったならば、全く違った判決が出ていたことだろう。真実はひとつなのに、巨大な権力や利害が絡み合った柵の中では、真実は虚偽となり、虚偽が真実に摩り替えられてしまう。封建的な人間関係と特殊な組織によって築かれた悪は巨大であり、その巨大な壁に立ち向かうことが困難であることを知っているからか否か、「医療事故は民事で勝手にやってくださいよ」と門前払いし、見て見ぬふりをする行政や国の機関。これらはまさに、一昔前に流行った「白い巨塔」そのものだ。一日でも早く、交通事故のように原因の究明や責任の所在を公平に調査・判断する医療事故の第三者機関の設立を私は願っている。
もとくんの父(非会員)

http://www.geocities.jp/mhr3129/



東京医大事件裁判を傍聴して思う(航空業界の視点から)

航空業界に長年携わっておられた方(非会員)から、東京医大事件の裁判を傍聴された感想と貴重なご意見を頂きました。ご本人の了解を得て掲載させて頂きます。
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(1)事件の概容

私の友人の奥様が東京医大病院の医療過誤で亡くなりました。
オペ自体は上手く行った様でしたが、術後に挿入したカテーテルを内頸静脈に通して点滴を行う際、カテーテルが全く静脈に入らず、先端が肺胸郭に達して点滴液で呼吸困難となり、病院側の救護対応も遅れたため意識不明となった後、他界されました。

(2)裁判を傍聴して

その後裁判となり、一審を傍聴に行ってまず驚いたのは挿入ミス自体、刑事は勿論民事も殆ど過失責任が争われない事でした。民事一審は主に病院側の経過観察を巡って争われました。
医療現場からの参考意見を述べるべく出廷された他大学病院の医師の方々は、仲間意識からか、そろって病院側に落ち度は無い旨のご発言があり、原告敗訴という結果となりました。
一審は裁判長が予断を以って筋書き通り裁判を進めながら東京医大を擁護した印象を受けました。しかし、高裁で裁判官が代わるとその様相が一変し、東京医大側が追い詰められる場面が多々見られました。

(3)究明されるべき点

世の中には様々な事情から幾重にも基準があるのは承知していますし一口に医療過誤と言ってもいろんなケースがあると思います。医療行為の妨げになるから、あるいは医療費の高騰を招くなどの理由により医療過誤だけが例外なく特別に扱われて宜しいのでしょうか?
これは司法の独立、あるいは最優先で保護されるべき被害者の基本的人権という原理原則から逸脱してはいませんか?        
何の落ち度も無い方が過誤によって呼吸も出来ずに亡くなりました。まだ育ち盛りの子供さんやご主人を残して亡くなられた奥様の苦しさ、無念さを思うと今でも胸が痛みます。一体何が間違っているのでしょうか?
本過誤の原因は何か?誰が見てもカテーテルが内頸静脈に全く入ってなかった事に他なりません。
キチンと確認はなされたのか?マニュアルにはどう規定されているのか?
当オペを担当されたチームの中に疑問を持たれた方は居なかったのか?
これらの事に焦点が当てられない限りいつまで経っても過誤は無くならない。
また示談や和解等で解決すれば医療機関側にとっては都合がいい事でしょうが、長く広い視野で見渡せば、次は別の所で同じ様な過誤が起きるのは明らかです。

(4)航空業界の事故防止策

私は長年航空運送事業の現場で働いてきました。
随分前の事になりますが、医療過誤の報道番組で航空機の安全運航をモデルに過誤を無くそうと活動されている方を見ました。
1960年代から所謂第一世代のジェット旅客機が飛び始めた当時、世界中で航空事故が多発しました。その頃の機長は言わば万能であらねばなりませんでした。つまりミスはあり得ない訳です。でもいろんな理由で人間ミスを犯しますし、医療界でも過誤は発生するでしょう。航空運送事業において事故防止のため幾つか方策が進められたのは1980年頃からです。
一部は先程の経緯で医療現場でもモデルになっていると思いますが、その幾つかを紹介します。

1、ヒヤリ、ハット 報告制度
2、CRM(Crew Resource Management)の導入
3、飛行記録の検証とフィードバック
 
1、はお解りの様に情報の共有化です。勿論無記名で行われます。
2、は事故(過誤)防止にチーム全体、個人の能力を活用しようというものです。
  外国の航空会社から高額な教育ソフトを購入し、数千人の乗員をグループ に分けて教育し、長い年月をかけて全員に徹底しました。
3、現在の機材にはデジタル飛行記録装置が搭載されていて、飛行中は時系列であらゆるパラメーターが記録されています。勿論その中には乗員の操作も含まれます。
  運航中にあらかじめ設定された安全領域から逸脱した場合、事後、担当乗員にそのデータが学習目的でフィードバックされる様にもなっています。
これらはあくまで事故の再発防止の目的だけの為に行われていて、万が一にも個人の評価、人事の為の情報になってはいけません
管理する側と現場の信頼関係があってこの制度が運用
されています。
国際的な指針にもこの事が強く主張されていますし、これらの中には航空会社が生き残りの為必要な他社とのコードシェア(共同運航)の条件にもなっている項目もあります。
特に3、に関しましては運航現場で事故が起きた場合、あるいはそこに至らなくても重大な規定違反や、事故に至る可能性が高いと認定された場合には運輸安全委員会によってデータの解析が行われて、再発防止策が打ち出される様になっています。

(5)医療界では?

話を戻して、これらを医療現場に適用となると如何でしょうか?
特に3につきましてはオペの開始から完了までの詳細をビデオに撮る様なもので医療現場に受け入れてもらえるのはなかなか難しいでしょう。
最近オペを記録して、被害者遺族に開示している所も一部あるようですが、何かあった時に第三者機関によってそれが検証され、再発防止策が打ち出される様な所まではいってないと思います。
甚だ僭越ではありますが、医療に携わる皆様の真剣な思いがないと過誤が無くならない気がします。

TVのゴールデンタイムに人気タレントさん達を集め、素晴らしい医療技術をもった医師とそのチームが明日をも知れぬ命の難病に苦しむ患者さんを見事に救済する番組が放送されます。そんな番組はきらいではありません。
一方で今も医療過誤によって最愛の人を亡くし、あるいは障害をうけて計り知れない苦しみ、悲しみに悩んでいる人達がいる。そういった陰の部分にももっと焦点をあてて欲しいのです。(非会員

郷原信郎氏「畑村原発事故調査検証委員会」を語る

東京医大の度重なる不祥事に対する提言をまとめた「第三者委員会」委員長の郷原信郎氏が「畑村洋太郎原発事故調査検証委員会の調査体制と権限に重大な問題あり」と題する意見を今日公表しました。
http://www.comp-c.co.jp/pdf/110613.pdf


畑村洋太郎氏の「失敗学」についてはこのブログでも何度か取り上げましたが、現在、畑村氏が教鞭をとっている工学院大学は東京医大と協力関係にあります。東京医大の再生プロジェクトチームが医療安全を追及する上で畑村氏は恰好の師であり、このブログにも「彼の力を活用してはどうか」という意見がありました。しかし、その後に起きた原発事故で機会を逃してしまった感があります。
今回、郷原氏は「東京電力は、社内調査委員会などを作るより、まず、畑村委員会に全面協力することを最優先で考えるべきだ」と提言していますが、東電を東京医大に置き換えて考えてみるのも一案です。
ひいては東京医大の医療安全改革が厚生労働省「医療安全調査委員会設置法案(仮称)」に好影響を与えるようなものに繋がっていくのが望ましいのですが、そこまで期待できるような活動、体制が取られているかとなると、残念ですが我々からは覗えません。

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