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たかが映画、されど映画・・・邦画『神様のカルテ』

今年5月、当ブログで、シドニー・ルメット監督、ポールニューマン主演の「評決」(1982年米、医療過誤裁判・カルテ改竄)を紹介しましたが、今回は今月末に封切られた邦画「神様のカルテ」について触れてみたいと思います。

長野で地域医療に従事する実在の若手医師(夏川草介氏)の小説『神様のカルテ』を映画化したものですが、いわゆる医療小説ではなく、話や登場人物も架空のもの(著者談)です。詳細は配給会社の公式HPに委ねますが、医師らの努力にも拘わらず次々と手から零れおちる命を前にして、延命策とは別に医師らが患者とどう向き合って行くかを描いた作品です。

医療機関に従事する若手の方々や医学部の学生の方々にぜひ観て頂き(櫻井翔の演技を観てみたいという動機でも構いません)、患者とどう向き合うか、ちょっと頭の隅に置いて臨床の場に臨んで貰えれば、と思います。原作の小説は第10回小学館文庫小説賞を受賞しましたが、選者の方々もそうした医療に大きな関心と期待を持っていたからであり、多くの患者もそれを望んでいるからだろうと思うからです。

一方、被害者遺族の人達は、いわゆるテレビなどの医療ドラマはあまり見たがりません。どうしても体験した事故、事件がフラッシュバックし、観るのが辛いのです。しかし、この映画は少し違うような気がします。辻井伸行氏のピアノ演奏(自作自演)も気持ちを和らげます。被害者の方も医療従事者の方もシアターに足を運んでみては如何でしょう。(辻井伸行氏の祖父:横浜・辻井産婦人科医院長、父:同副院長)

尚、この映画は長野の地域医療病院と原作者の母校である信州大医学部(映画では信濃大)を舞台に描かれていますが、実際の撮影は群馬大附属病院で行われました。
観客は「この撮影現場は何処だろう?」と関心を持って観るわけですが、それは取りも直さず、協力した病院側が映画の主旨を理解し、医療施設や日頃の活動に誇りを持ち、映画撮影に積極的に協力しようという前向きの姿勢と強いリーダシップがあるからと考えると「それでは東京医大病院の場合は果たしてどうなのだろう・・・それに値する病院なのか???・・」と思ってしまうのです。

「医療事故公開ホームページの影響」(シリーズ・14 その1:テレビ報道)

当サイトに寄稿して頂いている「もとくんのお父さん」の「シリーズ・14」(下記↓黒字文 )です。
今回は「もとくんのお父さん」のホームページを見た報道機関の取材の様子やTV番組を見た視聴者の反響などを書いて頂きました。
毎週一回・計30回の連載を予定しています。是非ご覧ください。

尚、当サイトも多くの被害者、報道関係者、東京医大内部関係者、法曹界の方々にご覧頂き、随時、情報、意見交換をさせて頂いていますが、特に事件性が高い未公開の事案につきましては慎重を期し、掲載を控えております。ご了承ください。


参照 「もとくんのお父さん」のホームページ http://www.geocities.jp/mhr3129/
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〜以下・本文〜

「医療事故公開ホームページの影響 (シリーズ・14 その1:テレビ報道)


ホームページを公開してから1年半が経とうとしていた時、1通のメールが届いた。それは、地元の大手テレビ局の報道部からであった。メールには「○○産婦人科院は以前から医療事故が多いとの噂があり、調査をしていたら貴方のHPを見つけました。可能であればもう少し詳しくお話を聞かせてください」と記載されていた。

私は早速、その担当者と連絡を取り、直接テレビ局へ出向くことにした。テレビ局に行くと、元ニュースキャスターを勤めていたと言われる美しい女性の方が待っていた。私は事故の直前から当時までの状況を、改ざんされたカルテ等の証拠を見せながら説明した。すると、その担当者の方は「今お伺いした話が全て事実であるとするならば、上席の者と相談し、報道特集を組ませて頂くかもしれません」という有難い言葉を頂いた。私は「全て事実です。ご検討を宜しくお願い致します」と返答した。

それから約1ヵ月後、その担当者の方から取材決定の連絡が入った。但し、取材した内容が放映されるかどうかは放映されるまで分からないという条件付きであった。取材は私の自宅で行われた。狭い部屋に、その担当者の方とカメラマン、音声の方がスタンバイして撮影が始まった。撮影は原稿ナシのぶっつけ本番であり、その担当者の質問に答えていく形式で進んでいった。最初は言葉を選びながら答えていたが、事故当時の話しをしていると、次第に涙が溢れ出し、質問が終わる頃には涙と感情を抑えることが限界に達していた。そんな私を感じ取ったのか、担当者の方は「ちょっと休憩して、後は場所を変えて撮影しましょう」と提案してくれた。私たちは近くの高台にある公園に移動した。

カメラマンの方も気を遣ってか、1m近くもある大きなテレビカメラから、ホームビデオ大のカメラに替えてくれた。また、音声の方は、私の撮影中に子供と遊んでくれていた。当時、子供はまだ2歳になったばかりだったが、子供も顔をボカすという条件で撮影してもらった。何故なら、当時は判決はおろか、証人尋問も未だ行われていなかった私は、病院側の非合法的な圧力や嫌がらせを常に恐れていたからである。また、隣近所にも、妻は(医療ミスで亡くなったのではなく)病気で亡くなったことにしていた。
その理由は、親類や友人でさえ、私が訴訟を起こすことこに対し、あれこれと無神経なことを言われてきたのである。ならば、ちょっとしたことでも噂に尾ひれが付いて広まる田舎町のこと、もし、隣近所に私が病院を訴えているという事が広まったならば、同情よりはむしろ「あそこはとんでもないクレーマーだ!」とか「お金目当てで裁判起こしたんだって!」とか、とにかく根も葉もない悪い噂が広まることは想像するまでもなかったからだ。もちろん、今でもこの子には、母の亡くなった原因は「病死」として話している。この医療事故の事実全てを話すには未だ年が若すぎるし、こんな苦しい重荷を背負わせたくないからである。

収録された映像は、2006年9月にローカル番組の中の「ニュース・報道特集」と言う形で放映された。半日以上かかった撮影は、約8分間の映像に凝縮されていたが、さすがは放送局である。事故の時系列的説明から始まり、搬送先の九州大学病院の医師らの証言も取材されており、問題のカルテが映し出されながら「(その病院から)搬送された時、あまりにも酷い患者の状態に誰もが言葉を失った。これが大学病院で起こったならば、明らかに医療ミスだ」というコメントが流されていた。私は心からその放送局に感謝した。

放映の後、驚くことが起こった。放映された映像には、その院長や病院名等は一切公表されず、建物の映像もかなりぼかしがかかっていて、誰もその産婦人科院とは分からないはずなのに、「私もその○○産婦人科で医療ミスに遭いました」と断言したようなメールが次々に送られてきたのである。「何故その病院だと分かったのか? そんなに医療ミスが多いと有名だったのか?」私は愕然とした。メールの中には、被害者遺族の方だけでなく、医療関係の方からのメールもあり、メールは数十通に及んでいた。ただ、残念なことは、これらの被害者や被害者遺族の方々の殆どが、以前にも記載したが、経済面や精神的な理由から訴訟を断念し、今でも泣き寝入りされていることであった。
日本は、世界の殆どの国が認める先進国であり、名実共に民主主義国家であり、政治も経済も、技術力も創造力も、治安も医療も、精神もマナーも、その他全ての分野において世界最高水準である。なのに何故、医療事故の被害者は、誰も助けてはくれず、見えない影に怯えながら泣き寝入りしなければならないのか? この国の、今の医療機関と、それを取り巻く法曹界や行政は、何か間違っていると私は思う。
もとくんの父(非会員)

http://www.geocities.jp/mhr3129/

「泣き寝入りするしかない被害者たち」 (シリーズ・13)

当サイトに寄稿して頂いている「もとくんのお父さん」の「シリーズ・13」(下記黒字文)です。(毎週一回・合計30回連載予定です)

この事件は東京医大で起きたものではありませんが
、今回は医療事故に遭った直後の遺族の苦悩と事件に立ち向かおうとする様子を書いて頂きました。
文中でも触れておられますが「もとくんのお父さん」はホームページを立ち上げています。是非そちらもご覧ください。

http://www.geocities.jp/mhr3129/

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〜本文〜

「泣き寝入りするしかない被害者たち」 (シリーズ・13)


まさか、私の妻が医療事故に遭って命を落とすなんて夢にも思わなかった。たとえ意識不明で昏睡状態の妻を見ながらも「さっきまで、とても元気だった妻が死ぬわけがない。担当医も全然大丈夫だと言っているから心配ない、すぐ治るだろう」と思っていた。しかし、その病院では手に負えず、救急搬送された九州大学病院で妻の本当の病名が判明した時からその担当医の態度は豹変し、「我々には全く関係のないことだ。文句があるなら九州大学病院に言え!」と言って完全無視を続けられた。「これが医療ミスってやつなのか? そして、ミスを犯した医者や病院は、そんなに簡単に「関係ない!」と無視して知らないふりをして良いのか?」当時の私は、誰に相談し、誰を信じ、自分がどうすれば良いのかも全く分からず、ただただ妻の回復だけを祈ることしかできなかった。

妻の死後、私は何日も放心状態が続き、ようやく正気に戻りだしたのは、妻の初七日が過ぎたころだった。私は会社を辞め、警察署、消防署、社会保険事務所、市役所、県庁、各医療関連団体、保健福祉センター等、私が思いつく全ての機関を回り、また社会保険庁に電話をかけて、この医療事故の相談を試みた。しかし、結果はどの機関も「そんなことを相談されても困る。その病院に納得できないならば、自分で勝手に民事訴訟でも起こせばいいじゃないか!」と門前払いの連続だった。また、知り合いの弁護士にも相談したが、「医療過誤裁判は特殊だから、医療過誤専門の弁護士でないと分からない」と断られた。なので、市内の弁護士センターに連絡を取り、予約して相談に行った。しかし、私が相談した弁護士は「この事例じゃ、おそらく訴訟を起こすこと自体が難しいと思います」と言い切られた。私は絶望のどん底に落ちていった。そのうち、家族や親戚、友人達も「可哀想だけど、もう運命だったと諦めて、子供のためにも早く働きなさい。それに、医者や病院を敵に回すなんてとんでもない。あなたや子供の命も狙われるかもしれないよ」と言い始めた。私の心の中には「絶対に真実を暴いてやる」という怒りと、「たしかに巨大な権力に立ち向かうのは恐ろしい。もう運命と諦めて、早く明日に向かって歩き出さなければ」という、相反する気持ちが葛藤し続けた。しかし、最終的に私は「後悔しても後悔できない後悔は、もう二度としない」と心に決め、医療過誤裁判を起こすことに決めた。そして、この事実を公開するホームページを立ち上げた。

ホームページを立ち上げてから半年が経った頃、「私も医療事故の被害者(遺族)です」というメールが届くようになってきた。そのメールには、私の妻の場合よりも明らかに「これは絶対に医療ミスだ!」と思えるような酷い医療事故の実態が記載されていた。しかし、驚くことにその方々の殆どは訴訟を起こしてはいなかった。私は「何故、訴訟を起こさないのですか?」と聞いてみたが、泣き寝入りされてある方々の理由は「訴訟に必要な費用が準備できない」、「病院を相手にするのは怖い」、「誰も弁護士が付いてくれない」、「カルテも改ざんされていて証拠がない」、「周りがみんな反対するから」等々であった。中には、「ここは離島なので、その病院を訴えたら、私たち家族や親戚は、病気したら死ぬしかなくなるから、悔しいが泣き寝入りするしか方法がない」という悲痛な内容だった。

たしかに、弁護士を雇うには高額な費用が必要となる。まず初めに、着手金として○○万円、そして証拠保全料として○万円、次に調査費用として○○○万円と証人尋問等で協力医その他をお願いする場合は別途○○万円〜○○○万円、そして勝訴した場合は、相手側が支払うべき損害賠償金の○○%の手数料を・・・と、私のような平均年収にも満たない人間にとっては、あまりにも高額な費用が圧し掛かってくる。そして、訴訟を起こしたら、相手からどんな嫌がらせをされるか分からないという恐怖感との闘いも始まり、さらには、裁判における審議や証人尋問においては、もう二度と思い出したくもない悲惨な事故の状況を、弁護士や裁判官の前で何度も何度も詳しく具体的に説明しなければならないという、精神的にも相当な負担がかかるのである。そうやって、必死に裁判を闘ってきたとしても、勝訴できるかどうかは判決が出る最後まで分からず、もし、敗訴した場合は、それまでにかかった高額な費用の支払いだけでなく、精神的にも耐え難い屈辱を受けることになる。つまり、殆どの被害者や被害者遺族は、そんな山ほどあるリスクを背負ってまで訴訟を起こそうとは思わないのである。しかし、泣き寝入りした方々のメールの最後には、必ず「訴訟を起こせなかった自分が悔しい!」、「このぶつけ先のない怒りと死ぬまで付き合わなければいけないことは言葉に出来ないほど苦しい」云々と書いてあり、こちらは医療ミスの被害者側なのに、何故ここまで苦しまなければならないのか? と、とてもやり切れない気持ちになってしまう。こんな悲惨な医療事故の被害者は、本当に私で最後にして欲しいと祈るばかりである。
もとくんの父(非会員)

http://www.geocities.jp/mhr3129/

「医師会に入れてもらえなかった病院」  (シリーズ・12) 

当サイトに寄稿して頂いている「もとくんのお父さん」の「シリーズ・12」(下記黒字文)です。(毎週一回・合計30回連載予定です)

この事件は東京医大で起きたものではありませんが
、今回(シリーズ・12)提起された「医療過誤賠償責任保険」(任意保険)に関して東京医大も無縁ではありません。

「医療過誤賠償責任保険」は支払限度額(3千万〜2億円/1件)に対して医師1人当たりの保険料(掛金)が3〜5万円/年程度ですから車の任意保険料と大差なく、病院(団体)又は個人で掛けるのが常識です。
ところが、事故が多発する病院に対し損保会社が契約を拒否したり、医療事故を評価する立場にある日本医師会に病院が加入していない(加入できない)場合、被害者や遺族に賠償金が支払われない事態が起こります。
車に強制保険(自賠責保険)が課せられるのに、医療には強制保険がありません。医療界が積極的に強制保険の法制化を働きかけないのは、医療事故を軽視している裏返し(まさかプライドが許さない?)と思われても致し方ないのではないでしょうか。

「もとくんのお父さん」はホームページ(下記URLをクリック)を立ち上げておられます。是非そちらもご覧ください。

http://www.geocities.jp/mhr3129/

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「医師会に入れてもらえなかった病院」
  (シリーズ・12)

証人尋問の後、院長側は裁判所から提示された和解案を承諾し、早く和解を成立させて裁判を終わらせたい様子であった。しかし、それから4ヵ月後、院長側は急に「和解は出来ない」と言い出した。さらには「たとえ判決で損害賠償命令が出ても賠償金は払えない」と、あまりにも無責任な主張をしてきた。院長側の弁護士の話では、日本医師会から被告の病院側へ支払われるはずであった保険金が全く入らなくなったからだと言うことであった。ならば、私の妻の医療事故は、日本医師会の審議において「医療ミス」ではなかったという判定が出たのか? 私は弁護士に、日本医師会の審議結果を早急に調査・報告するよう依頼した。普通、このような医療事故が起こり、病院側が裁判で敗訴、または和解が成立した場合、その病院が加盟している医師会で事故内容が審議され、病院側の落度と判断された場合には、その医師会が加入している損害保険会社から相応の保険金が病院側へ支払われ、病院側はその保険金をそのまま原告の遺族らに支払って終わらせるという。つまり、ミスを犯した病院や医師の懐は全く痛めずに済む仕組みになっているのである。「だから医療ミスを犯しても心から反省しないのか、だから医療事故は一向に減らないのか」 私は何かがおかしいと思った。

数日後、私は弁護士から「今回、日本医師会が被告側の病院へ保険金を支払わないと決定した理由は、奥様の事故が医療ミスと認められなかったからではなく、事故を起こした病院が、開院時から日本医師会に加盟していなかったことと、その医療法人の経営する他の病院での医療事故に支払った保険金が、1年間に1億円を超えてしまっていたから」と言う報告を受けた。その医療法人が日本医師会に加盟していなかった理由は、妻が事故に遭った病院を開院する前にも、同じ系列の他の病院において度々医療事故を起こしていたので、その病院を開院する時、日本医師会から「開院を慎むように」と忠告されていたそうなのだが、院長は日本医師会の忠告を無視して開院したため、日本医師会側は、その病院の加盟を認めなかったからだという。つまり、その院長は無保険でその病院を開院させて運営していたのだった。その病院の外見はお洒落で、院内では毎月ミニコンサートが開かれ、退院時には夫婦でフランス料理のフルコースが食べられると地元の放送局も特集を組む等、当時は福岡でも有名な産婦人科院であったその医療法人は、数年間で次々に4病院を展開し人気を博した。しかし、その実態は、病院としてのモラルや医師の技術レベルは最低・最悪な病院であった。そして、その虚像に私たち夫婦は完全に騙されたのである。

私は「院長側は、日本医師会が云々とか保険金が云々とか言ってるが、そんなことは被告側の問題であって、私には全く関係のないこと。そんなことに騙されてないで、早く謝罪文を提出させるか、裁判所に判決を依頼して欲しい」と弁護士に催促した。もし今、本当に病院側にお金がないのであれば、これから働きながら少しずつでも払っていけばいいことである。なのに、院長も弁護士も「保険金が入ってこない」ことで相当焦っている。保険金が入ってこなければ、和解も判決も何も出来ないと喚いている。 人の命を蔑ろにしたことや、医療ミスを隠蔽しようとしたこと、カルテを改ざんしたこと等の反省や謝罪はどうでもよく、ただ早く裁判を終わらせるための「金」が流れてこなくなったことでパニックになっている。「貴様らはみな金の亡者か!」裁判が長期化していることにも輪をかけて、私の不満と怒りは頂点に達しようとしていた。日本医師会から保険金が下りようが下りまいが、院長が「医療ミス」を犯したことは事実である。実際に、日本医師会内の審査でも「医療ミスではない」という判断は出ていなかったという。ならば、院長や病院側はあれこれと言い訳せず、自から犯した罪を認め、謝罪すべきが人間としての最低限のマナーではないのか? 人の命を軽んじ、日本医師会の忠告をも無視して無保険で開院するなど、金儲けしか考えていないと言われても仕方がないこの院長に私は心底怒りを覚えた。「たとえ判決で損害賠償命令が出ても、賠償金は払えない」だと? 自分が犯した罪を一切反省せず、その責任を取る気持ちは微塵もなく、まるで他人事のように言い放つこの院長に対し、私はいつしか、また「どうやって苦しめながら殺してやろうか!」と考え始め、院長の自宅や通勤経路、出退時間を調べ回った。私の心の奥底に、再び殺意が芽生えてきた。
もとくんの父(非会員)

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肩書きや権威の落とし穴 <「もとくんのお父さん」シリーズ11を読んで>

もとくんのおとうさん投稿の「やたらと和解を勧めてくる法曹界」(シリーズ・11)の最終節に次のような件がある。

・・・・「病院」や「医者」という肩書きや権威を盲目に信じた結果、最愛の妻の命を失った。そして今回も「弁護士」という肩書きや権威を信じて裁判を任せていた結果、危うく負けてしまうところだった。・・・・


患者にとって病院や医師は文字通り「頼みの綱」であり「国家試験をパスしたのだから」「専門医だから」と医師への期待が膨らむ。大学病院ともなると多くの診療科があるのだから緊急時は総合力で横断的且つ迅速に対応してくれるものと思い込んでしまう。
患者は医療従事者の白衣姿をみれば盲目的に信じ、大学病院と聞いただけで「白い巨塔」に見えてしまう。

しかし、医師国家試験の平均合格率は9割と高く、専門医の資格なども学会で所定の講習を受ければ(実技試験もなく)取得できるものらしい。大学病院には研修生も多い。医師の世界は異動が多く、言葉は過ぎるが「根なし草」のようなもので、そうした外部から異動してきた医師をアウェイ(ホームアンドアウェイのアウェイ)と言うらしい。医療現場ではプロパーとアウェイで用語が通じない問題もあるだろうし、医療の世界は徒弟制度のようなところがあって閉鎖的な面もありそうだ。
最近は高校の偏差値だけで医師を目指す者も多い。不器用な医師もいれば患者とのコミュニケーションがまともに取れない寡黙な医師も生まれる。大学病院は東京医大第三者委員会でも指摘されたように講座制(医局)で縛られ、緊急時の横断的対応などあまり期待できそうにない。特にこの時期(夏休み、お盆)の医療体制は果たして万全なのだろうか??・・・。

総じて見ると「もとくんのおとうさん」が指摘されている肩書きや権威に共通する職業は「先生」と呼ばれる職業。代議士、医師、弁護士、会計士、教師、小説家、時には漫画家、占い師までそう呼ばれる。
しかし、一般の感覚は自分の成長過程で師と仰ぐ学校の先生などが先生であって、多くは一過性の付き合いでも「まあ、そう呼んでおけば気分良く対応してくれるだろうから」と呼んでいるに過ぎない。患者は研修医であろうが医大の実習生であろうが「先生」と呼び、呼ばれた方も敢えて「いやいや未だ駆けだしですよ」「未だ医者の卵ですから」とは言わない。

或る時、学生時代の恩師を招いた同窓会で「こうして呼ばれると教師冥利に尽きるね」と喜んでもらえた。医師も患者や家族から生涯記憶に残る、感謝される「先生」であって欲しい。
(男性会員)

「やたらと和解を勧めてくる法曹界」 (シリーズ・11)

当サイトに寄稿して頂いている「もとくんのお父さん」の「シリーズ・11」(下記黒字文)です。(毎週一回・合計30回連載予定です)

この事件は東京医大で起きたものではありません
が「もとくんのお父さん」の事件と同じように「医療ミスを繰り返すリピータ医師」を放置した為に大きなダメージにつながった東京医大も例外ではありません。
必ずしも和解による解決を否定するわけではありませんが、和解は被告が原告に何かと守秘義務を課す場合が多く「リピータ医師」の存在が世間に知らされないまま再発を繰り返すことになりかねません。以下は断固、和解を断った「もとくんのお父さん」の事例です。
「もとくんのお父さん」はホームページ(下記URLをクリック)を立ち上げておられます。是非そちらもご覧ください。
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「やたらと和解を勧めてくる法曹界」
  (シリーズ・11)

証人尋問の法廷には地元のテレビ局も撮影に入り、記者や所轄の刑事の方も傍聴されていた。何故、刑事までが傍聴に来たのか? 後で分かったことだが、被告の院長は私の妻だけでなく他にも医療ミスを犯しており、その遺族に慰謝料を支払う代わりに他言を禁じ、医療裁判を起こさないという約束をさせたが、院長は全く約束を守らず逃げ回っていたので、遺族が警察に訴えたそうである。しかし、医療過誤の問題は刑事事件の範囲外のため取調べや逮捕はできず、もし適応できても、単なる詐欺罪にしかできないということで、結局は泣き寝入り状態にあるということだった。また、その遺族の方の話によると、諸事情により訴訟を起こせなかった被害者や遺族は他にも数人知っているということであった。やはりこの院長は「医療ミス」を繰り返す、いわゆる「リピータ」だったのだ。

証人尋問の後、裁判所から我々の主張をある程度は認める内容の和解案が提示された。しかし、私はその和解案を受け入れなかった。何故なら、我々への謝罪や反省が全く盛り込まれていなかったからである。また、今後この事故に関して一切の公表をしないこと等、まるで「金で魂を売れ!」というような内容に思えたからである。私は「和解金額に関しては全く分からないので裁判所の判断に一任するが、我々被害者への謝罪や反省が全く盛り込まれていないことは極めて遺憾。よって、医療ミスを認めるならば、まずは誠心誠意謝罪し、同時に謝罪文の提出を要求する」と返答した。しかし、被告側はいつもの如く何も返答してこなかった。私は弁護士を介して裁判所に返答要請をしたが、裁判所は「原告のお気持ちは分かりますが、裁判所としては、もっと時間をかけて被告側と話し合って和解することをお勧めします」と説得してきた。また、私の弁護士も同様のことを言ってきた。弁護士の話では「このまま和解せずに裁判に持込んだ場合、勝訴する可能性は未だ五分五分だし、もし仮に勝訴したとしても、判決で出る損害賠償金額は、今回被告側が提示してきた和解金額より減る可能性もあるから」ということだった。

この言葉を聞いて、私はとても悲しくなった。だって、この裁判はお金が欲しくて起こしたのではなく「本当に医療ミスだったのか? もし医療ミスであったならば、まずは誠心誠意謝罪させ、その責任を完全に果たさせる」ことが目的なのに、気が付いたら、裁判所も弁護士も、総てがお金中心に動いているように思えたからである。私は「どんな好条件を提示されても絶対に和解はしない。それよりも公平な判決と、被告の謝罪文を強く求める」と言い続けた。

和解案が提示されてから4ヵ月後、それまで和解を要求してきた被告側は一転し「日本医師会から保険金が下りなくなったから和解できない。また、たとえ判決で損害賠償命令が出ても賠償金は払えない」と開き直ってきた。つまり院長は、自分の懐は全く痛めず、日本医師会に加入している保険金をそのまま私に流用し、この医療事故の全てを終わらせようと思っていたのだろう。ふてぶてしいにも程がある。院長はこれまでにも同じような医療事故を起こしてきたにもかかわらず、謝罪も反省せず、損害保険金をそのまま流用したら全て終わりとしてきたから、平気で「医療ミス」を繰り返しているのだろうか。そんな人間が、命を扱う仕事に従事していると考えただけでもゾッとする。

院長側の弁護士も、この院長の無責任な返答にはさすがに呆れたのか、我々に対し「医療法人としては賠償金を払えない可能性が高いので、院長個人への訴訟を新しく起こして欲しい」と異例の提案をしてきた。でも、何故また新たに院長個人に対して改めて訴訟を起こさなければならないのか? 私はその院長を訴えていたのではなかったのか? 私は理解できなかった。だが、弁護士の説明を聞いて唖然とした。つまり、今起こしている訴訟は「医療法人」に対してだけであり、その代表である院長個人に対しての責任までは問うていなかったので、医療法人が潰れたり、別法人に変更されたら、誰も責任を問えなくなるとのことだった。「それって、あなた方(弁護士)のミスじゃないの?」私は弁護士に突っ込んだ。すると弁護士は「いや〜、こんなケースは初めてだから我々も面食らっているのですよ」と言い訳をした。私は納得できず、新たな訴訟にかかる経費は一切支払わないと突っぱねたが、弁護士側は最後まで引かなかった。「このままでは完全に敗訴してしまう。前回もだが、ここで弁護士と揉めていては万事休す。ならば今回も黙って堪え、言われるまま院長個人に対して追加訴訟を起こすしかない」 私は仕方なく、新たに個人に対して訴訟を起こした。しかし、この一件で、私は以前にも増して弁護士たちへの不満が溜まっていった。

私はまた同じ過ちを犯すところだった。自分の目で見た判断ではなく、「病院」や「医者」という肩書きや権威を盲目に信じた結果、最愛の妻の命を失った。そして今回も「弁護士」という肩書きや権威を信じて裁判を任せていた結果、危うく負けてしまうところだった。これ以降、私は全て自分の目で見て、自分の耳で聞いて、最後は必ず自分が判断することに決めた。だから私は、やたらと和解を勧めてくる裁判所や弁護士たちに、迷わずはっきりと「No!」と言い続けれたのだと思う。
もとくんの父(非会員)

http://www.geocities.jp/mhr3129/



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