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NHK視点・論点「産科医療事故、再発防止のために」

大阪で医療安全の活動をされている勝村久司さんがNHK番組「視点・論点」(産科医療事故、再発防止のために)に出演します。
お時間あればご拝聴ください。

9月29日(木)AM4時20分〜30分(総合テレビ)
再放送12時50分〜13時(教育テレビ)

東京医大関係者?から届いた匿名の手紙 (内部告発・その2)

昨日掲載した標題のテーマに関して関心のある旨、皆様からご連絡を頂きましたが、別件(過去事例・一部報道済)開示につきましては暫く間を置かせて頂く予定です。

今回掲示した内部告発と同様の匿名投書について安東宏三弁護士(医療問題弁護団)がHPで述べていますので紹介します。この事例は匿名投書から本人を探し出して問題解決に結びつけたものです。匿名で投書せざるを得ない事情は充分理解できますが、真に早期解決を望むなら実名で投書する勇気を期待したいものです。事実を確認するための時間的ロスは事故多発に直結します。
安東弁護士の文は下記HPに掲載されています。
http://www.iryo-bengo.com/general/essay/no05.php

東京医大関係者?から届いた匿名の手紙 (内部告発・その1)

ここに東京医大関係者?から届いた匿名の手紙があります。
以前からこの類の情報を公開して欲しいという要望がありましたが、取扱に慎重を期して参りました。
この内部告発文は既に年数が経っている事、内部情報提供者と思われる投函者が匿名、匿住所で事前相談が出来ませんので、開示可否は受取り側の裁量と判断し掲載します。

  <内部告発文書・その1>  <投函された封筒の日付消印>
       

匿名の投書なので裏付けに限界があり「真偽」のほどは分かりません。しかし、投函された封書消印が「新宿北局」である事、内部関係者でなければ知り得ない入院時記載の被害者住所、家族名宛に具体的情報が送られてきた事実は無視できません。

文面が事実であれば厚生労働省まで欺くなど言語道断ですが、ここでは個人名(文面から削除)を挙げて攻撃するのが開示の目的ではありません。問題はこのような内部紛争を自力で解決出来ず、部外者である医療過誤被害者に援助を求めなければならいような東京医大内部の体質に問題であると考えるからです。被害者家族はあなた達(東京医大関係者)の「内部抗争の具」ではないのです。
「再生委員会報告書」が出て6ヶ月が経ちましたが、大学病院が旧態依然とした「逃げる」「謝らない」「うそをつく」の域を脱しないため、当局との話し合いに苦労している被害者もいます。いつまでこのような事態が続くのか、憂慮せざるを得ません。

more・・・・PDF版(「内部告発文書・その1」&「投函された封筒の日付消印」

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「有責判決が出ても、全く懲りない院長」 (シリーズ18)

当サイトに寄稿して頂いている「もとくんのお父さん」の「シリーズ18」(下記↓黒字文 )です。 一審判決後、事件は意外な展開を見せます。是非お読みください。
尚、この事件は東京医大で起きたものではありません。

参照 「もとくんのお父さん」のホームページ http://www.geocities.jp/mhr3129/
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寄稿本文↓

有責判決が出ても、全く懲りない院長」  (シリーズ18)

医療法人への有責判決が出た2007年12月21日に続き、2008年の3月21日には院長個人に対しても同様の有責判決が下されたが、院長側は控訴してこなかったため、この裁判は勝訴で終わった。しかし、判決が下っても、医療法人や病院、院長からの謝罪の言葉は全くなく、それどころか、今度は「お金がないから賠償金は払えない」と、あまりにも無責任なことを弁護士を介し連絡してきた。

よって私は「医療ミスの判決が出て、控訴してこなかったのであれば、せめて謝罪の一言くらいあって当然ではないのか? また、もし本当に、今現在、全くお金がないのであれば、せめて「働きながら少しずつでも償わせて頂きます」等の言葉すらないのか?」と問い合わせたが、院長側の弁護士は「院長とは、ずっと連絡が取れてないから分からない」と、まるで他人事のように返答してきたという。 私はその後も「謝罪も反省もせず、また賠償金も払えないならどうするつもりか?」と弁護士を介し、幾度も質問をしてみたが、それに対する返答はなかった。 もし、本当に賠償金が支払えないのであれば、それなりの釈明や謝罪があってしかるべきであり、第一、賠償金の支払いが云々という前に、院長の誤った診断と処置の結果、人間の尊い命を奪ってしまったことへの猛反省と謝罪、及びカルテを改ざんしたり、搬送先の九州大学病院へ金品を持参したりしたことへの反省等の言葉が一言もないことに私は憤慨していた。

ところが、最初の判決から5ケ月を過ぎた頃、日本医師会から「賠償金の一部を入金するが、あとの残額は院長に直接請求すべし」と当方の弁護士事務所に連絡があった。私は「何故、日本医師会が賠償金を支払うのか? 何故、賠償金の一部なのか? 何故、この金額なのか?」と全く理解できず、弁護士を介して日本医師会に質問したが、それに対する回答はなかった。 私は、「賠償金の一部」とか「全額」とかということは問題ではなく、「事故当時、その病院は日本医師会に加盟していなかった=日本医師会の損保に加盟していなかった」のに、何故、日本医師会は賠償金の一部として支払ってきたのか? という説明が明確にならなければ、その支払われてきた金額は受け取れない、と弁護士に返答した。
 
すると弁護士は「ならば、日本医師会に残額の支払請求を起こしませんか?」と私に勧めてきた。私はまた、何が何だか訳が分からなくなってきた。「もしかして、この弁護士らは、どこからでも良いから賠償金を引き出して、ただ単にその報奨金が欲しいだけなのか? それとも、本当に私のことを考えた結果、日本医師会を訴えさせようとしているのか?」私はまた弁護士を疑い始めた。 この件については、友人や知人の意見も半分に分かれた。しかし、どうしても納得がいかなかった私は、「何故、私が日本医師会に賠償金の支払請求を起こさねばならないのか? だって、医療ミスの判決は院長に出ているのだから、私が日本医師会を訴えるのは筋違いだろう! もし、日本医師会を訴えるのであれば院長が訴えるべきで、私には全く関係のないことじゃないのか?」と断り、引き続き院長に「今後どうするつもりなのか」を文書捺印にて返答させるように要請した。 しかし、被告弁護士側からの返答はまた途絶えた。

判決から7ケ月が過ぎた7月初め、やっと院長側の弁護士から「院長は6月末までには何とか支払いたいと言っていたが無理だった。今度は7月末までに、と言っているが実現可能性は不明だ」という、相変わらず無責任な返答だけが返ってきた。よって「そもそも院長は我々に対して謝罪する意思はあるのか? また、賠償金を支払えないのであれば、その具体的な釈明と、今後どうするつもりなのかを文書捺印にて通知せよ」と当方弁護士を介して再三要請したが、院長側の弁護士らは、また返答してこなくなった。 私は当方の弁護士に「こんな無責任で返事すらしてこない弁護士らを訴える法律はないのか?」と迫ったが、弁護士は相変わらずの口調で「返答してこないことは珍しいことではありませんよ」と、また法曹界の「非常識」を「常識」のように返してきた。 私は、この甘ったるい法曹界の「常識」に痺れを切らし、同年9月、弁護士らを急き立て、院長名義の豪邸に動産執行をかけることにした。本来ならば不動産執行をかけるところだが、その時点では、すでに不動産は他の者に差押えられていた。
もとくんの父
(非会員) http://www.geocities.jp/mhr3129/

札幌近郊在住の皆様へ (シンポジウム案内)

当ネットと連携活動している「医療の良心を守る市民の会」主催のシンポジウムが明日、札幌市内で開催されます。ご関心のある方は是非ご参加ください。
一昨日の北海道新聞にも開催案内が掲載されています。併せてご覧ください。

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テーマ:「医療安全と医療事故」
〜医療者と患者の対話:情報開示・事故調査・説明の必要性〜

日 時:平成23年9月24日(土)13:30〜16:45
会 場:札幌国際ビル 8階 国際ホール TEL: 011-241-9610;
URL: http://www.itogumi.jp/kokusai-hall.html ...
     札幌市中央区北4条西4丁目1番 札幌国際ビル.
   地下鉄南北線「さっぽろ」駅下車徒歩約2分. JR「札幌」駅下車徒歩2分.
参加費:無料 (カンパをお願いします)
定 員:120名 (事前登録優先)

座長:
  隈本 邦彦 氏(江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授)
  加部 一彦 氏(愛育病院医療安全管理室室長)

1.シンポジウム:シンポジスト
  南須原 康行 氏(北海道大学病院 安全管理部准教授)
  岡本 左和子 氏(東京医科歯科大学大学院 医療政策学講座博士課程)
  永井 裕之 氏(医療の良心を守る市民の会 代表)

2.パネルディスカッション
パネラー:
上記3名に加えて下記の方が参加します
  森 利光 氏(札幌徳州会病院院長)
  安井 はるみ 氏(四谷メディカルキューブ看護部長)
  豊田 郁子 氏(「架け橋」研究会 代表)

主催:
医療の良心を守る市民の会 
(問い合わせ先&事前登録先)
E-mail; liaison_office@yahoogroups.jp
Fax;047(380)9806
〒279-0012 浦安市入船3-59-101永井方
http://ryousin.web.fc2.com/program110924.PDF

「待ちに待った判決(対医療法人)」  (シリーズ17)

お待たせしました。当サイトに寄稿して頂いている「もとくんのお父さん」の「シリーズ17」(下記↓黒字文 )です。
前回は被告(医療側)が誤魔化そうとしたシナリオが原告(筆者)に徐々に崩されて行く過程を書いて頂きましたが、今回は被告側が「これは勝てない」と悟った狼狽ぶりと法廷闘争の成果が判決で実を結ぶ様子を書いて頂きました。
このシリーズは毎週一回・計30回の連載を予定しています。尚、事件は東京医大で起きたものではありません。

参照 「もとくんのお父さん」のホームページ http://www.geocities.jp/mhr3129/
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寄稿本文↓


「待ちに待った判決(対医療法人)」  (シリーズ17)


被告側の反論を予測できるようになった我々は、カルテの追記部分(改ざん部分)や九州大学病院に記載してもらった「病状証明書」を証拠に、被告側が今後展開していくであろう「不幸にもDIC(橎種性血管内凝固)に急激に陥った救命不可能な事例」ではなく、「術後の誤診と、それに伴う処置ミスによって放置された結果、患者が重篤な症状に陥った救命可能であった事例」であったことを一貫して主張した。

その甲斐あってか、被告側は証人尋問以降、急激にDICに陥ったという具体的な反論は出てこなくなった。私は、「院長の有責判決も時間の問題だな」と安心しかけていた時、被告側の弁護士から驚愕の反論を耳にした。以前、「被告の医療法人は医師会に加盟していなかったので、(医師会の損保から)賠償金を支払えない可能性が高いから、院長個人と、その他出産に関わった医師ら個人を訴え直して欲しい」と被告の弁護士側から提言があったので、当方弁護士と相談の結果、医療法人に加え、仕方なく院長と他の医師ら個人に対して追加訴訟を起こさなければならなくなったのだが、その提言をしてきた被告側の弁護士自ら、今度は「原告の訴えは時効である」と反論してきたのである。これには、私や弁護士だけでなく裁判官らも驚いていた。被告の弁護士らが自ら提言した「個人訴訟」を、「時効(=無効)である」と反論してきたのである。さらには「個人訴訟を起こして欲しい」と審議中に提言した件についても、「この件は、裁判記録には残さないで欲しい」と小声で裁判官に依頼している始末。さすがに裁判官も呆れて、ただ笑うしかなかった様子であった。

「俺にもちゃんと聞こえとるったい! 貴様らそれでも弁護士か? 恥を知れ恥を!」と私は心の中で叫び、ずっと被告側の弁護士らを睨みつけていた。しかし、同時に私は、被告側が「時効」としか反論できないと言うことは、妻の事故は、やはり「医療ミス」だったのだと改めて確信した。

そして、2007年12月21日、待ちに待った判決の日がやってきた。法廷には、地元TV局の方々やテレビカメラが入り、また、別件で院長を捜査中の刑事の方や、同じく院長を医療ミスで訴えていた医療事故被害者の遺族の方々が静かに席に着いた。しかし、被告の渡辺院長はおろか、被告の弁護士らは、誰一人として法廷に姿を見せなかった。私は当方の弁護士に「何で奴らは誰も来てないんですか? 裁判を放棄したんですか?」と聞いたが、弁護士から、「裁判で負けそうな時は誰も来ないことは良くありますよ」と返答された。この一件で、私はまた法曹界の常識が、いかに非常識であるかを考えさせられた。そして、被告側出席者0人のまま、ついに「医療法人 愛育会」に有責の判決が言い渡された。

判決文を聞きながら、私はこの約5年間の闘いを振り返っていた。しかし、「法廷」、「判決言い渡し」という、非日常的な空間と事象は私を気丈に振舞わせ、ただ判決文の傍聴に全神経を集中させていた。だからなのか、涙は全くでなかった。私にとって、この5年間は、人生の中で一番長い時間だった。
判決後、私は弁護士たちに何度もお礼を言って廊下に出た。廊下では、私を応援してくれた方々がみな涙を流しながら握手を求め「本当に良かったね、これで天国の奥さんの無念も晴れるね!」と言ってくれた。この言葉を聞いて、私はようやく緊張が解け、急に涙が溢れ出してきた。その後、裁判所の正門前でテレビ局のインタビューがあったのだが、私は何を言ったのか殆ど覚えていない。ただ覚えていることは、妻の安産のためにと贈り、妻がずっと腕にはめていたお守りの数珠を固く握り締めながら、「お前の無念をひとつ晴らせたよ、ありがとう」と、今にも雨が降りそうな冬の薄暗い空を眺めていたことだった。
もとくんの父(非会員)
 http://www.geocities.jp/mhr3129/

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