< 2012年02月 |  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  | 2012年04月 >
Home  > アーカイブ > 2012年03月

「医療基本法制定」「医療事故調設立」の気運高まる

3月25日東大・小柴ホールで「医療基本法シンポジウム」(H-PAC主催、参加者163名)が開かれ、活発な意見交換が行われました。
又、29日厚労省で「第二回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」が開かれ「医療事故調」の必要性が討議されました。

民主党政権下で停滞しているこれ等の課題をいつまでも放置出来ない、という危機感が関係者間で高まり、漸く動き出した感があります。(詳細:後日発行の厚労省HP議事録参照)  

  医療基本法
    医療事故に係る調査の仕組み・・・検討部会(厚労省)
<東大・医療基本法シンポジウム> <厚労省・医療事故に係る調査の仕組み等のあり方>

「医療事故調設立シンポジウム」で東京医大医療事故が事例紹介

日本記者クラブで行われた「医療事故調査委員会設置に関するシンポジウム」で東京医大医療事故が事例紹介され、二時間半に及ぶ活発な討議が交されました。
当会の永井世話人がパネリストとして出席した他、東京医大医療事故を連載で報じた産経新聞木村論説委員を始め、下記の方々が登壇されました。
又、会場参加者(公益財団理事、医師)からも東京医大に対する厳しい指摘がありました。

パネルディスカッションでは、東京医大の事故発生前後の医師らの対応、対処の拙さや「東京医大第三者委員会」(郷原信郎委員長)提言が蔑にされている点が取り上げられ、医療安全の面からもこうした事態を改善するには「院内事故調」の他に公的な「第三者事故調」が欠かせないという意見が大勢を占めました。

東京医大は「第三者委員会」提言を受けながら改革する機会を自ら逃し、逆に「反面教師」として取り上げられる由々しき結果となりました。
各パネリストや会場参加者の東京医大関連発言は、会員限定で別途配信します。会員の方はしばらくお待ちください。


<パネリスト一覧>(50音順)

足立信也参議院議員・・・「公的事故調設立」に反対し会場で四面楚歌状態
飯田英男弁護士 
岩本裕NHK解説委員 
木下勝之産婦人科医会副会長 
木村良一産経新聞論説委員 
小池晃日本共産党政策委員長
田島知郎東海大学名誉教授
古川俊治参議員議員

被害者の思い、加害者の思い (中)

2月23日掲載の上記標題(上)をご覧になった「通りすがり」さんから体験談が寄せられました。ご本人のご意向を確認の上、掲載させて頂くことにしました。
--------------------------------------------------------------------
私の父は、ある町医者の診察ミスで命を落とした。

父は40代で腎臓病になり、50代で狭心症になった。父は毎月かかり付けのF医院で診察を受け、食事療法等を続けることによって健康を維持していた。

ある年の春、父は腰に違和感を感じ、いつものかかり付けのF医院に行ったが「ただの腰痛」と診察され、適度な運動をするように指示された。
父は毎日夕方にウォーキングを始めたが、腰の違和感は治らなかった。するとF医院は、今度は整骨院へ行くようにと指示した。父は言われるがままに、整骨院に行ったが、やはり腰の痛みは消えなかった。

腰痛が出だして半年後の秋、一向に治らない腰痛を診たF医院は「歩くのは腰に負担がかかるから、水中ウォーキングが良い」と勧めてきた。父は言われるままに近くのスポーツセンターに通い始めたが、腰痛は一向に治るどころか、とうとう立っていることが辛くなる程に痛み出した。

父は母に連れられ、市内にある総合病院へ検査に行った。そこで、母は信じられない病名を耳にした。「ご主人の腰痛の原因は、骨や筋肉の炎症ではなくガンです。しかも、膵臓ガンから転移した末期の肝臓ガンです。何故こんなに酷くなるまで放置していたのですか?」と告げられた。

母は、毎月かかり付けのF病院に行き、いろいろな検査をしてもらっていたこと、その結果、整骨院や水中ウォーキングを勧められて実践していたこと等を全部話し、悲しみのあまり泣き出した。話を聞いていた医師は「ひどいなぁ、だって、肝臓がこんなに腫れ上がっていて、白血球の数値も驚くほど高いのに・・・。」と言いかけて途中で止めた。

今になって考えるのだが、その医師はきっと、こんな異常値が続いているのに町医者が見逃したのは診察ミス(医療ミス)だと言いたかったのだろう。父は翌日から入院したが、その年の冬に他界した。まだ59歳だった。

母は「あの医者、絶対に許さない!訴えてやる!」と激怒し、とうとう葬儀中に倒れてしまった。私も姉も、葬儀が終わって一段落ついたら、そのF医院へ抗議に行こうと思っていた。

ところが、葬儀も終わりに近づき、弔問の列もまばらになった頃、あのF医院の医者とその妻が喪服姿で現れた。それを見た隣人が「あんた、とんでもないことしてくれたね!どうすんのよ!」と涙声で叫んだ。
母はまだ別室で横になっていたので、私と姉は、とにかく彼等が何をしに来たかを黙って見ていた。すると、F医院の医者夫婦は弔問を終えると我々の前に来て、いきなり両手を着いて、頭を深く下げ、まるで土下座をするような姿勢で「この度は、誠に申し訳ございませんでした。私の診察ミスで、大切なお父様の命を守ることができませんでした」と、少しかすれた声で謝罪した。その意外な行動に、私と姉は動揺した。先程まで「絶対に許さない!訴えてやる!」と意気込んでいた二人だったが、さすがに目の前で土下!座され、謝罪されたら何も言えなかった。

少しの沈黙の後、姉は「分かりました。もう結構ですから頭を上げてください」と言って、私に「もう、良いよね」と呟いた。その時、何故か私も「うん、もう良いよ」と言った。F医院の医者夫婦はゆっくりと頭を上げ、申し訳なさそうに立ち上がると、我々と祭壇の父の遺影に何度も頭を下げながら帰って行った。それから30分程し、母が落ち着きを取り戻して戻ってきた。私と姉はこれまでの経緯を話した。母はただ黙って聞いていたが「いや、絶対に許さない!」と呟いた。

初七日に親類縁者が集まり、父の生前の話からF医院の話になった。叔母が「本当に酷いよね、絶対に訴えた方が良いよ!」と母にけしかけてきた。母も「そうそう、絶対に許さない!」と返答していた。しかし私は「訴えてやる!」という気持ちと「医者が自ら土下座して謝ってきたんだから、もういいんじゃない」という気持ちが複雑に絡み合い、みんなと一緒に「絶対に訴えてやる!」とは正直言えなかった。

ところが、四十九日も終わり、皆が帰った後、仏壇の前に座っていた母は私達に「もしかしたら、お父さんは最初から助からなかったのかもしれない。これが運命だったのかもしれない・・・」と言い出した。私も姉も、決して納得は出来なかったが、F医院の医者夫婦が土下座し、自ら謝罪してきたことを思い返していたら、不思議と訴訟を起こす気持ちは弱くなっていった。

人間、誰にでも過ちはある。でも、その真実を打ち明け、反省し、誠心誠意、心から謝罪されたら、人は、もうそれ以上責めることはできないと思う。だが逆に、もし、その町医者夫婦が自ら謝罪に来なければ、私達家族は訴訟を起こしただけでなく、死ぬまでその医者を恨み、憎み、もしかしたら危害を加えていたかもしれない。

父が他界して、もう20年になるが、私達家族はF医院を訴えることはしなかった。もちろん、病気になった時、さすがにその病院で診てもらうことはしなくなったが、今でもF医院や、その医者を恨みに思うことも、悪口を言うこともない。

投稿:通りすがりさん(非会員)

厚労省、本日、医師行政処分を公表

<免許取消し>
●東京都北区、石川誠:集団準強姦未遂●東京都文京区、藤原良太:道路交通法違反、集団準強姦未遂●上尾の森診療所桶川分院(埼玉県)河村直樹:準強制わいせつ●中西耳鼻咽喉科(和歌山県紀の川市)中西弘:同●黒目医院(島根県斐川町)、広島市民病院(広島市)黒目学:迷惑防止条例違反、強制わいせつ、児童買春・児童ポルノ禁止法違反●菅谷クリニック(横浜市)菅谷良男:詐欺

<業務停止3年>
●光クリニック(茨城県神栖市)佐藤未光:覚醒剤取締法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反●至誠会第二病院(東京都世田谷区)浪花豊寿:同●大阪大学医学部付属病院(大阪府吹田市)秋山正夫:強制わいせつ

<業務停止2年>
●ヒューメンズクリニック(埼玉県川口市)新井浩之:覚醒剤取締法違反●つつじが丘歯科医院(兵庫県猪名川町)味村哲也:準強制わいせつ

<業務停止1年>
●新潟市、池田圭介:傷害、銃刀法違反●高松赤十字病院(高松市)松川豊:傷害、恐喝、窃盗

<戒告処分>
●塩井産婦人科(三重県四日市市)塩井澄夫:業務上過失致死罪(罰金刑)他二件、処分見送り一件(計4件)
 〜いわゆるリピータ医師、免許取消し無し、但し廃業へ〜



▲page top